謂れなき罵倒
なるほど、これを女の身でやられたM子ちゃんがノイローゼになるのも無理はない。
そして武道合計何段も持ってる私でも、やはり怖いのだった。
ま、モモヒキ二枚はく人に、寒い時期に待ち伏せするような根性はないとは思うが、それでも私はホームの端に決して立たず、帰り道の角も大回りして曲がるようにし、サバイバルや護身術の基本を復習した。
家の電話は幸い、ここのところ不動産屋のセールスがうるさすぎたので、ナンバーディスプレイに変えたばかりだった。だから彼からの電話は出ないようにした。いま話したら、不毛の言い合いになるだけなのだ。
すると、さらに留守電。何と、今度は彼の父親からだった。電話をくれと言い、自宅の電話番号が入れられていた。
もちろん私はかけない。息子が迷惑をかけました、と言って謝るならまだしも、おそらく大切な息子をなぜ悩ませるか、と叱られるだけだろう。
それにしても、五十の息子が八十過ぎの父親に言いつけるとは……。
前にも、付き合ってた金髪美人に過去の事件を知られてフラれたとき、両親の前でワッと泣いてしまったと彼から聞いた事があるが、やはり、どうやら特殊な親子らしい。
また、多くの人から電話を頂いた。女流作家の藍川京さん、映画監督の佐藤寿保氏、さらには鈴木邦男氏からも。内容はみな同じ。
「Sさんの電話で真夜中に起こされちゃって。睦月さんにひどいこと言われて喧嘩したって言ってたけど、あんなに仲良かったのに、どうしたの?」
と言うものだった。どうやら、あちこちに電話して私の悪口を言っているようだ。
私は、私の事で多くの人が真夜中に起こされ、迷惑をこうむった事に恐縮した。
さらに彼からのFAX。
「僕の全著作、絵画すべて返却して下さい。痛まないようにちゃんと包そうして。貴殿には失望しました。S」
翌日もう一通。
「既に申し上げましたように、絵画三点と、小生の全著作を、ただちに返却して下さい。あなたにとってそれらは、もはや嫌悪の対象でしかないでしょう?
小生にとっては、その反対に重要なかけがえなきものです。返却された時点をもって、あなたと小生との十年余の関係はきれいに解消される訳です。
はや小生は貴殿に対して、何の感情ももってはいません。貴殿と費やした時間はすべて、人生の無駄でした。さようなら、S」
おいおい、借金のことはどうなっているんだい。それに、あなたか貴殿か統一してもらいたい。
無視していると、とどめはハガキ。私の宛て名には失礼にも、様も君もついていない呼び捨てだ。裏面には大きく殴り書きで、「絵と本を返せ、ドロボー!」とあった。
前述の通り、彼の三枚の絵は、私が彼から計九十万で買ったものである。しかも、内六十万は押し売りである。
まして彼の著作本は、全て私が書店でお金を払って買ったものである。絵も本も、返せとか、泥棒とか言われる覚えはないのである。
同じ額で買い取るからと言うならまだしも、そのことには一切触れず、しかも借金の事も、どうやら私が生活に困っているわけではないから返す必要はない、と勝手に結論づけてしまったようだった。
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