暗闇にベルが鳴る

 切って数分後に電話。もう私は出ずに留守電にしておいた。
 すると、彼の声が流れてくる。
「十年来の友人である貴方が怒るなんて信じられません。前に絶交しかけた時も優しいFAXを送ってくれて嬉しかったのに、一体どうしてこうなったのか、そのわけを、電話が嫌ならFAXでも手紙でもいいから下さい」
 神妙な声で寂しげに言う。
 私は、ああ、これは可哀想だ。せめて文章に書いて、私の気持ちを書いて送ろう、と思った。時には坊っちゃんにも、耳に痛い諫言が必要だろう。まあ、もう真夜中だから、全ては明日だ、と私は布団に入った。
 すると、真夜中にまたFAXが長々と来て、さらに今度は明け方に留守電の嵐。
「恥知らず!」
 一言言って切る。切れてまたすぐにかかってくる。
「卑劣漢!」
 またガチャリ! またベルが鳴る。
 今度は何かな、と思うと、
「バカヤロー!」
 ボキャブラリーが尽きたか。しかし、すぐにまた電話。
「このままで済むと思うなよ」
 ガチャリ! また電話。
「死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね!」
 ガチャリ! こうなると、もう私は真面目に返事を書く気も失せていた。
 もちろん、いかに非常識な時間に集中してかかってきたか、時間のアナウンスとともに、彼の言葉は全てテープに録音して保存した。
 翌日、私は仕事で、自宅の近くにある事務所へ行った。すると、事務所の留守電にも彼の嫌がらせが。それが冒頭の、「食い物に気をつけろ。必ず殺してやる」の台詞だった。
 自宅は私だけだが、事務所となると秘書も居り、彼女は非常に恐がっていた。これは完全に犯罪である。
 FAXには、次のように書かれていた。括弧内は私の呟き。
「唐沢俊一も鈴木邦男も、紹介したのは私である。(また言ってる)それを帯のすいせん文につかっていたのは誰だ?(作家なら漢字で書いてもらいたい) 六百万もかけて新宿の高級ホテルで出版記念会が開けるくせに(六百万だったかな?)、二十万くらいなんだというのだ?
 まったく欲深い男だ。こんしんの怒りをもってこれを書いている。一介のポルノ作家が「人喰い」を利用して世に出ようとあがいた醜態さは! 品性下劣とはキサマのことだ。戦争は立派な殺人である。軍歌にうつつをぬかす暇があったら、先の戦争で亡くなった多大な人々の霊に思いをはせろ。マ、そこまでの良識も頭もないか…。」
 ああ、これで、二十万の借金の事は忘れてはいないんだなということが判った。それにしても、私は今まで一度も返せと言った覚えはないのに、欲深いとは全く恐れ入った。 
 戦争のことも、私は常に英霊のことを思っており、一度も思ったことのない彼にだけは言われる筋合いはない。
 とにかく私は、電話のベルを非常に恐れるようになった。

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