最初の絶交状

 八月末、彼から電話があった。
「実はサラ金に金を借りに行ったのですが、返せる当てがないと言うことで貸してくれませんでした。代わりに睦月さんが、サラ金から五十万借りて、僕に貸してくれないでしょうか。小説を書いて、月々五万ずつでも必ず返しますから」
 私は耳を疑った。ただ五十万貸せというなら分かるが(もちろん前の借金さえまだ戻ってないので貸しはしないが)、なんで私がサラ金から借りねばならないのか。
 毎月必ず返すと言うが、これは不可能である。彼の当時の連載は、週に一回、新聞に2〜3枚のコラムを書いているだけだったのだ。
 借りてしまえばこっちのもの。サラ金から借りたのは睦月名義だと言うことで、甘く見られたのだろう。優しい睦月なら、それぐらい簡単に承諾してくれるに違いないと思ったようだった。
「申し訳ありませんが、それはお断わりします。金がないなら、週に何回かでも外で働くべきでしょう。それにどうも、あなたはフィクションには向いてないように思います」
 来客中でもあったから、私はそう言って早々に電話を切ってしまった。
 すると、その真夜中、彼から電話が。
「外で働けと言われて、悔しくて眠れないんです。身体の弱い僕に、一体どこで働けと言うんですか。僕はもう、文章で生きていくと心に決めたんですよ!」
 相当に興奮しているらしく、声が上ずって震えていた。
(あ、これはヤバイぞ。まっとうな意見が理解できなくなっている……)
 私は、その時少しだけ、そして初めて彼に恐怖を抱いた。
「私は、あなたと喧嘩したくないし、嫌いになりたくないんです。どうか冷静になって、明日にでもまた話し合いましょう」
 私は、もう寝ていた時だから、そう言って切った。
 すると今度は明け方、カタカタと大量のFAXが届いてきた。
 全文はあまりに長すぎるので、ほんの一部だが紹介する。もちろん私に都合の良いところばかりを抜き出したわけではない。なお、括弧内は私の呟き。
「ケンペーさま。あなたが仲良くしている鈴木邦男氏、唐沢俊一氏は僕の紹介によって知った人ですよ。大変仲がおよろしいようですが、一体誰のおかげで知り合ったと思っているのですか。その僕が困っているという時に、何の救いの手も出さず、どこかを歩き回って仕事をみつけろとだけいうのは、あまりに勝手すぎやしませんか。冷たすぎませんか(そうだろうか)。あなたはもう忘れているかもしれないけれど、はじめて僕があなたの家に行った時など、それこそ手もみでもする感じで(もみ手の間違いか)、さんざんごちそうした後、泊まっていって下さいよとまで言ったのですよ。
 それが今は…、掌を返したようにとはこのことです。僕にはフィクションを書く才能がないなどと直接言うのは、あまりにゴーマン、失礼じゃありませんか。
 ことわっておきますが、これはあくまで私信ですので、他人にいったりなどの卑劣な行為はしないでください」
 何の罪もなく抵抗も出来ない女性を、いきなり背後から撃ち殺すような人に、卑劣の意味が解っているのだろうか。
 救いの手も出さず、などというところに甘えが見えているが、私は「何事もなかったように、また笑顔で再会したい」という旨の返事をFAXした。

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