松沢病院見学

 平成五年(一九九三)三月。私は彼と一緒に大宅文庫へ行って、それぞれの調べものをし、その帰りに、向かいにある松沢病院に入ってみた。
 彼にとっては懐かしい場所で、内部をあれこれ説明してくれた。
 部屋を覗くと、椅子を積み上げては首を傾げて眺めている患者や、鉄格子の窓からこちらに手を振っている女性病棟の患者などがいた。
「手を振っちゃいけませんよ。知り合いが迎えにきたと勘違いし、無用な負担を与えるだけですから」
「なるほど」
 言われて、私も手を振り返すのを止めた。
 さらに奥へ行くと畑などもあり、静かな場所へ出ると、そこに池があった。
「明治時代に掘られた、将軍池と言います」
「なるほど蘆原金次郎将軍か」
 蘆原将軍が指揮を執って掘ったとされる池で、中の島もありピクニックにも最高の場所だ。その他、もうお花見の準備もでき、舞台も設置されていた。かつてはここで彼と逆噴射のK機長が銀恋をデュエットし、カラオケ大会で優勝した場所だ。
 しかし病院内はどこも興味深かったのだが、何しろ恐くて、私はもう外に出たくなっていた。
 白衣の屈強な職員が来て、
「ああ、いたいた」
 なんて言って私たちを部屋に閉じ込めるんじゃないだろうか、という不安があった。
 彼は顔見知りの職員もいるだろうから良いが、私の方は、いくら、「私は作家の睦月影郎だ」などと言っても、「分かった分かった」なんて言われて相手にされず、閉じ込められたら二度と出られないような気がした。
 しかし、そんな心配もなく、私たちは咎められもせず、無事に病院の外に出られたのであった(註・現在は勝手に入ると叱られます)。

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